仕事はテレワーク中心。でも時代の空気を感じていたいから、都心から大きく離れたくはない。家にいることが多いから、暮らし心地や便利さには妥協しない。子どものことを考えると、公園や緑も大切だ──。コロナを経験し、働き方と暮らし方が変化した今、新しい時代をリードする人たちが注目しているのが、東急東横線の「都立大学」です。
渋谷まで11分。自由が丘の隣駅。中目黒や代官山にも乗り換えなし。そんなアクセスの良さを備えていながら、都立大学の街は喧噪とは無縁です。それは立地のせいでしょう。この街は高級住宅街として知られる柿の木坂と碑文谷の玄関口にあたるのです。南に進むと自由が丘。繁華街であっても上品です。そんな唯一無二のエリアに広がる都立大学の街は「東横線の隠れ家」とも呼ばれています。
「隠れ家」と形容されるのは、隠れ家的な人気店が街に点在しているからでもあります。おしゃれな外観も魅力の、飲茶と点心の店「Hibusuma」。地元の犬好き、植物好き、コーヒー好きが集まるセレクトショップ「the park」。絶品の手打ちパスタで知られる本格イタリア料理の店「D'ORO」。繊細な味わいが評判の和菓子の「ちもと」など。どれも確かな価値感を持つ大人に愛されている名店です。都立大学駅の高架下にできた商業施設「トリツナード」など、常に進化し、新しい発見があるのもこの街の魅力です。
駅名の元になった東京都立大学は移転しましたが、この街は教育施設や文化施設が充実した文教エリアとしても知られています。東京都立大学の跡地にできた「めぐろ区民キャンパス」は街の文化の中心。広大な敷地内に、1200席を備えた「めぐろパーシモンホール」、目黒区の図書館ネットワークの核「八雲中央図書館」、さまざまなスポーツが楽しめる「八雲体育館」などが揃っています。芝生の広場や水遊びができる小川もあり、子育て世代にも人気の場所です。
「中根公園」「すずめのお宿緑地公園」など、エリアには公園や緑地が多く、緑に恵まれているのも魅力です。桜の名所として知られる「呑川本流緑道」など、縦横に通る緑道は身近な癒しの空間となっています。少し足を伸ばせば「駒沢オリンピック公園」。優雅な気持ちで散策を楽しめます。
個性的なお店が多い都立大学の街の中でも、ひときわ輝く店があります。絵本のセレクトショップ「ニジノ絵本屋」です。淡いブルーグレイに塗られたかわいらしいエントランスから中に入ると、そこは色とりどりの絵本が並ぶ別世界。その奥で、ゆったりとした黄色い服を着た女性が微笑んでいます。代表のいしいあやさんです。
「小さいお店ですが、のんびりして行ってくださいね。ここには普通の本屋さんでは見かけない珍しい絵本もたくさんあります。絵本作家さん手作りのグッズもあるんですよ。スタッフに声を掛けていただければ、セレクトのご相談にも応じます」
いしいさんにそう言われて棚を眺めると、確かに、見たことがない絵本がいくつもあります。そのどれもが美しく、魅力的。絵画のように部屋に飾れば素晴らしいインテリアになりそうな絵本ばかりです。カラフルな表紙に惹かれてそのうちの一冊を開いてみると、最終ページに「発行所:ニジノ絵本屋」と書いてあります。ニジノ絵本屋は出版社でもあるのです。
「2011年の1月にお店を開いたんですが、その約1年半後にオリジナルの絵本を出版しました。私はこの世界に何の知識もなく飛び込んだんですが、お店を開いてみて、本を仕入れて売るって大変なことなんだって気付きました。利益がほんの少ししか出ないんです。だったら自分で作ろう! パン屋さんはパンを作って売っているんだから、絵本だってできる! そうひらめいたんです」
ひらめきをどんどん実行していくのが、いしいさんのすごいところ。しかも、いしいさんの周りには知識や技術がある人がどういうわけか集まって来て、みんなでわいわいやっているうちに、それが実現してしまうのです(もちろん、そこにはたくさんの苦労があるわけですが)。ニジノ絵本屋レーベルの最初の本『フルーツポンチ』は、あるイベントでたまたま知り合ったイラストレーター夫妻「はらぺこめがね」さんと一緒に作ったものです。
「彼らとだったら絶対に素敵なものができる! そうひらめいたんです。出会ったときにおしゃべりをしていたら、彼らが近所に住んでいるって分かって、これにも縁を感じました」
いしいさんが持つ、人を引きつける力、ひらめき、実行力は、世界をどんどん広げていきます。絵本と音楽ライブを組み合わせた「えほんLIVE」(「サマーソニック」出演!)、各地のマルシェやお祭りに出店する「出張ニジノ絵本屋」、セレクトした絵本を定期的に届ける「絵本の定期便」、地元都立大学を始め、これまでにも都内のカフェとコラボして食と絵本のイベントを開催してきました。そしてそのどれもが、偶然の出会いから生まれたものなのです。
ではどうしてこんなに面白いヒトやコトが集まって来るのでしょうか。いしいさんは「ここにお店があることが大きい」と言います。都立大学という、クリエイターが多く住み、アクセスが良い街に、みんなが集まれる場所がある。実店舗があるからこそ出会いが生まれ、発展していくのでしょう。
ニジノ絵本屋という店名は、作り手と読み手をつなぐ虹の架け橋となることを目指して名付けたそうです。小学生や当時88歳の作家さんとともに本を出版し、雑貨屋さんに足を運ぶ感覚で訪れるお客さんも多いというニジノ絵本屋は、いまや作り手と読み手だけでなく、様々な世代や様々な価値観の人々をもつなげる大きな橋に育っています。
写真:薮崎めぐみ
協力:ニジノ絵本屋
※掲載の情報は、2022年9月時点の情報です