築35年のマンションの趣を残しつつ、増築棟を加え、既存棟も新築と遜色ない構造や居住性を担保するという、日本初の「ハイブリッド型リノベーション」を実現した「プラウド上原フォレスト」。計画から完成までに4年の歳月を費やしたプロジェクトの全容を担当者が語ります。
もともとこの敷地には1984年に完成した「エリーゼアパートメント」という高級賃貸住宅が建っていました。当初はそれを壊して新築マンションを建てる計画でしたが、時を経たヴィンテージマンションならではの風格や趣があり、なんとか遺せないかという話が持ち上がりました。既存のストックを残すという社会課題に、当社としてもチャレンジしたい思いがあったからです。
といっても、単純に1棟丸ごとリノベーションするだけでは床面積が圧倒的に足りませんでしたが、幸い敷地に余地があったうえ、法律改正によって共用廊下や階段、エレベーターの昇降路部分などが余剰面積があったため、もっと大きなボリュームの建物を建てることが可能でした。そこで、既存棟の北側に増築棟を建て、両者をつないで1棟にするという「ハイブリッド型リノベーション」事業を実施することになったのです。
しかし、一体の建築として販売するからには、既存棟も増築棟と同等の構造上の安全性と居住性能を備えることが不可欠です。それゆえ、一度スケルトンの状態にしてさまざまな調整を実施したうえで、構造躯体を再構築し、断熱材の向上や複層ガラスの入れ替えといった徹底した改修を行いました。なかでも大変だったのが、遮音性の確保です。コンクリートの厚みが薄いばかりか均一でなく、住戸によって音の伝わり方にばらつきがあったので、特殊な二重床を採用し、厚い遮音マットを何層も重ね、天井も音が伝わりにくい仕様にするなど、住戸に応じた万全の対策を施しました。
既存棟の外観はやわらかなアールを描いたタイル貼りの外壁が特徴的ですが、実はすべてのタイルは既製品ではなく、1枚1枚が曲面状になったオリジナルです。この風合いを生かすため、打診調査をして浮きや割れが見つかったタイルについてはいったんはがし、既存タイルの再利用方法「モルトール※」の採用によって、特殊な溶剤に漬けて裏のモルタルを取り除いたうえで貼り直しています。
※施工を手がけた竹中工務店の特許技術
外壁の美しさを保つ工夫が、もう一つあります。既存の設備は空調も給湯もセントラル方式で、屋上のタンクでお湯を沸かして全館に供給するしくみでした。今の分譲住宅の方式にはそぐわないため、個別の設備に切り替える必要がありましたが、通常なら新たに外壁に配管を通すためのスリーブ穴をたくさん開けることになります。それを避けるため、建物の中央に2ヶ所の設備配管用のスペースを確保し、外壁にあける新たな穴を最小限に抑えたのです。
外観だけでなく大きく育った植栽も新築では決してつくれない価値であり、街の人々にとっても大切な財産ですから、絶対に残そうと考えました。ただ、既存の大谷石の擁壁を改修する必要がありましたが、壊して一から作り直すと植栽にダメージを与えます。そこで、既存の擁壁の下半分を残し、樹木の幹や根を周到によけながらアンカーを打ったうえで、表からカバーするようにコンクリートの擁壁を新設して補強しました。
増築棟は既存棟を踏襲したデザインにしても、長い歳月を経た建築ゆえの趣までは再現できないため、あえてガラス張りのモダンな外観にすることで、対比的な調和を図りました。
エントランスも既存棟の趣を残しつつ、以前は屋外だったピロティ空間を活用して、サロンとなる三層吹き抜けのエントランスホールを新たに設けました。ホール内の吹き抜けに面した壁面のタイルやバルコニーの手すりも、既存のものを生かしています。エントランスホールの一角にはラウンジを新設しました。
エレベーターホールのシャンデリアも既存のものをLED化して復元しています。折り上げ天井の内部も既存の左官仕上げを生かしており、点灯すると花びらのようなエレガントな表情が浮かび上がります。
このように、古きよき建物の魅力は生かしつつ、構造や住宅性能は最先端の新築と遜色ないグレードにするという画期的なリノベーション事業を貫いた結果、築35年の既存棟を含む建物ながら、第三者機関によって躯体の65年以上の耐用年数が証明される一方、増改築物件としては初の「長期優良住宅認定」も取得することができました。
計画から完成までに4年の歳月を要しましたが、さまざまな関係者のご協力のおかげで、新築では到底得られない価値を長く遺すという当初の目標を達成することができました。今後も長きにわたって住民や地域の皆さんに愛される建物であり続けることを願います。
※掲載の情報は、2021年1月時点の情報です
※こちらの物件は完売いたしました。
インタビュー
野村不動産 住宅事業本部 事業推進一部 推進一課 竹田 堅一
新卒後14年間、設計事務所で主にマンション設計を手がけていました。中途入社で初めて担当したのがこの仕事です。会社初のリノベーション+増築に関わることになり、次から次へと課題が生じて大変でしたが、何事も前向きに突き進んでいく姿勢は身についたかもしれません。個人的にはピンチはチャンスであり、苦しい分だけ楽しさがあると思っているので、これからも新しいことに挑戦していきたいと思っています。